昔、司法試験受験生時代、短答式試験がなぜか母の日だった。
携帯やインターネット等のない時代。
試験開始前に道端に設置してある公衆電話に10円硬貨を沢山入れてかけたものだった。
そして、母と少しだけ会話をした。
その事実は覚えているが、会話の内容は全然覚えていない。
それが試験への願掛け儀式の一部となっていたのだ。
だから、私にとって母の日は父の日よりも重要かつ象徴的な日だった。
それから当たり前に歳をとり、紆余曲折を経てフィリピンという変な国に流れ着き、親弟とも疎遠になっていった。
いつしか、日常に追われその日をやり過ごすことが精いっぱいになり、母の日はティムを祝う日へと変わっていった。
この10年、母の日に連絡をしたことはない。
親不孝の見本みたいな人生だ。
悪事を働いてもそれがバレなければ犯罪にならないように、後悔とは失敗しなければ後悔にならない。
私の母がまだ生きていれば逆に母の日の後悔は生まれていないのだ。
今朝、うちのカワイイちゃんがティムに「ハッピーマザーズデー」と言いながら幼稚園で作ったハートのカードを渡していた。
私の役目はカワイイちゃんに母の日の後悔をさせないこと。
自分の後悔を子供の後悔を減らすことに役立てることしかない。
親とはそういうものだと気付くのも後悔のなせる業だ。
そして、過去より未来をより良くするためには強い後悔が必要だということも改めて確信を得た気がする。
今日もどんどん後悔して先へ進もう。
こちら良かったら応援クリック強めにお願いします!
↓↓↓
SPONSORED LINK