モトボサツブログを読んでいただいている方がイメージする私の年齢や特徴だが中年以降の人は私の事を65歳位だと思い、若い人は30代だと思っている人が多い。
だから実際会うとがっかりさせてしまう傾向にある。
ぜひその人の持つイメージのまま読んでいただけたら幸いなのだが、ブログ記事のネタ上すでに年齢がバレてしまっている。
50歳の誕生日を迎え、一人しみじみ自分の体を眺めてみた。
肌は目の下には老人性のたるみが具体的に表れ、肌の質感に滑らかさは無く、昔のコギャル愛用のルーズソックスみたいに全身の皮が脂肪とセットでダブつきはじめている。
おっと髪の毛が薄くなったのも忘れずに言及しておこう。
これに悪あがきして現実逃避しようとするのが一般的信条であり、アンチエイジングのビジネスが大流行りするわけだ。
私も薄毛だけは現実を認めたくないのでダウンタウンで買った謎の育毛スプレーで復活への道をだどっている。
金融資産の60%は高齢者が持っており、それを社会へ還流するための活性材料として大いに盛り上げたほうが良いだろう。
50年間という途方もない年月がいつの間にか過ぎていたのだが、それは細胞の一つ一つが休むことなく働き続けてきたからであり、老いた自分の体に感謝と尊敬の念をもって接したいと思った。
いままで生きてこれた自分の体を尊敬の念をもって愛する事が自己愛であり、体は正真正銘のアミーゴである。
自分の体はもちろん正真正銘自分の所有物であるが、これを一歩引いて客観的に観察しまるで独立した他人のように扱うことで新たな人生観が生まれるのだと感じる。
そう思えばジョリビーでチキンライスとコーラを流し込んだり、レチョンバブイやクリスピーパタを食らいながらサンミゲルを流し込むなんて罪悪感を強烈に感じてしまう。
自分の体を尊敬の念をもって客観的に愛することが自己愛だとするとフィリピン人の自己愛溢れる姿は単に自意識旺盛なだけなのだ。
フィリピン式生き方は今更どうも馴染めないのでパス。。。
やはり仏教的な価値観でもともと食べ物に宿っていた命の継承を意識しつつ、自分の体を客観的にレスペクトする。
このバランスを心がけて50代を歩んでいきたいと思う。
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