日本は車というよりも運転免許を持たない人がどんどん増えているとか。
巨大なモータープールと呼ばれていた首都高速度道路もガラガラだと聞く。
一方、フィリピンは今まさに昭和の高度成長期。
特にセブは狭いエリアに一極集中し都市機能ダウン。
空いていれば15分の距離を1時間以上かけて移動するありさま。
歩いた方が絶対早い。
平均年齢23歳。
常に飢えている。
必要な物があるから買うのではなく、今あるオカニで買えるものを片っ端から買う。
フィリピンは今まさにその時代。
消費力が幸せのバロメーター。
ところで、昨日の朝アミーゴの左フロントタイヤが見事にフラットになっていた。
今の日本でタイヤのパンクに遭遇する確率は1%未満かもしれない。
毎日相当な距離を走るタクシードライバーでさえ数年に1度あるかどうか。
私とアミーゴの付き合いは5年強。
その間パンクは軽く10回以上にのぼる。
ケニアの方がマシだと誰かが言ったワイルドなセブの路面。
犬、猫のパタイ(人間の最後に訪れる儀式)骸、ゴミ、空き缶、角材と釘などあらゆる物が道路に落ちている。
実は私、タイヤ交換だけは自信がある。
昔車のレースをしていた頃、タイヤ交換を軽く1000回以上やった。
工具さえあれば4本平均5分でやれる。
しかし、
余裕の面持ちで作業グラブをはめ、工具を用意しアミーゴの車体の裏に装着されているはずのスペアタイアに手を伸ばすと
ない!
忽然とした様子に唖然とした。
やる気と経験テクがいくらあってもスペアタイヤがなければ話にならない。
さっきまでのテンション急降下。。。
仕方ない。
タイヤを脱着し、歩いて10分程の所にある路上タイヤ修理まで運ぶことにした。
軽いエクササイズだと割り切れば良い話だ。
この路上タイヤ修理屋はフィリピン名物とでも言って良いほどあちこちで見られる。
丁度オートバイのパンク修理が終了したばかりだった。
バイクのオッサンはタンバイなのだろうか。
修理が終わってもずっと行きかうプリ尻を眺め続けていた。
私は釘の刺さった箇所を指さした。
タイヤ修理屋は出川&久保田利伸顔だった。
キャツは無言で作業にとりかかった。
まず空気を充満しそしてタイヤに水をかけ始めた。
まるで女性でも触るかのように丁寧そして念入りに作業を続ける。
釘の箇所以外に穴は無かった。
傍らに棒きれのように痩せたロロが居た。
ロロとは現地語でお爺さんの事。
年の頃はそうさのぉ、60歳位か。
フィリピン人の60歳は80歳位に見える。
しかし、体はプルプル震えているが眼光は鋭かった。
そして利伸が工具をポロッと落とした際着地させずに途中でキャッチしやがった。
おめぇさん、ただのネズミじゃねーな。。。
私はそのロロの事が物凄く気になりはじめた。
パンクマイスター。
利伸の動きをすべて分かった絶妙のアシスト。
これだけのテクニシャンだ。
きっと沢山子供が居るに違いない!
耳で空気圧を測ることもできるというのか?
15分位でパンク修理は完了した。
全部で幾ら?
「Pila tanan?」
ピラ タナン?
「120ペソオンリー」
その瞬間初めて利伸と口をきいた。
2015年9月20日、ついに80歳以上が1000万人を突破した日本。
高度成長期をささえ、輝かしい日本の歴史の中心に居たのは今の老人たち。
いわゆる日本の財産だ。
しかし、それは次世代へ有効に受け継がれてこその宝。
デイサービスで介護予防の歌や踊りも結構だが、そのままだと非常に勿体ない。
隣の人の顔も名前も知らないが普通な出口の無い孤独列島日本。
財産、知識、技術が次世代へ受け継がれる文化はいつの間にか消えてしまっている。
日本まるごと世界遺産に登録されてしまう運命なのだろうか。
路上でタイヤ修理の素晴らしい師弟関係を見ながら色々と考えてしまった。。。
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