デング熱、日本脳炎

最後のデング熱 セブ島闘病日記 その1 総額7万ペソ

投稿日:2016年9月20日 更新日:

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フィリピンでデング熱4回目

実はまさかの4度目のデング熱になってしまった。

どんだけ蚊に好かれる体質なのだろうか?

私だけではなく、基本的に日本人はフィリピン人に比べ汗をかきやすいので蚊が寄ってきやすいようだ。

9月12日(月)夕方ついに入院し、血液検査の結果デング熱ポジティブ反応。

それから入院生活へと突入し、3日後の木曜日には血小板の数値が18000まで急降下。

つまり、出血すると血が止まりにくい危ない状態なのだ。

いきなりドクターから「同じ血液型で輸血してくれる人を探せ」と言われ狼狽する。

モトボサツ
おいおい、フィリピンでは血液って自分で探すのかよ!?

血液だけでなく、全て患者が自分で薬剤を買って持ってくるという患者の立場は非常に低いのがフィリピン。

生憎、私の血液型はフィリピンでは超レアなAB型。。。

フィリピン人は自分の血液型を知らない人が多いし、適当にAB型だと言いそうだ。

あと輸血の約束をすっぽかしたり、命に係わるような事態ではあまり関わりたくない。

モトボサツ
出来れば日本人が良い!

絶望的な思いのままフェイスブックにてお願いしてみると輸血に快く協力してくれるという日本人の方が何名か連絡してくれた。

こういう義理は絶対に忘れられない。

結果的に、血小板の値は徐々に回復しはじめ、輸血の危機を回避することがでた。

そして、9月20日(火)に退院したので8泊9日、請求金額70000ペソ。

やはりセオリー通りデング熱1週間で15万円という相場はキープされているようだ。

 

発症からの入院までの経過を振り返る

土曜日未明に発熱し、午後血液検査を受けたがデング熱の気配はなかった。

高熱とまるでキリで脳の神経を刺すようなドカン級の頭痛が断続的に襲ってくる。

しかし食欲ゼロ。

まず唾液が全く出ない。

根性とかで制御出来るレベルを超えている。

無理やり食べ物を口へ詰め込んでみたがまるで砂でも食っているように無機質な物体が口の中に残留するだけだった。

食べ物の匂いを嗅いだだけで気分が悪くなる。

きっとつわり中の妊婦はこんな感じなのだろうか?

結局3日間食べ物を受け付けない生活が続いた。

心配したティムがとりあえず入院してせめて点滴をしようと言い出したので従う事にした。

保険のカードを提出すると主治医はいるかと聞かれた。

年寄りでもあるまいし、主治医なんて洒落たもん居るわけがない。

とりあえず順路としてERへ行けと指示を受けた。

ERは思った以上に整然とし、そしておもったより職員の動きが良かった。

私の知っている某大学付属の病院のERのように暇なナース同士がチチクリあって遊んだりしていないのだ!

ERの若いドクターがやってきた。

歳の頃はそうさのぉ、30歳前後か?

いかにも育ちの良さそうな青白いインテリ顔をしており英語も巻きの少ない良質な英語。

やはりこの国は英語力がインテリジェンスをそのまま表すようだ。

私は土曜日に受けた血液検査結果を提出し青白いドクターに経過を説明した。

もう一度血液検査とデング熱チェッカーをかけることになった。

恐怖の点滴針

フィリピンでは点滴針を手の甲の血管へぶち込むしきたりになっている。

問題なくサクッとやってくれればよいのだが、ERはなぜか下手クソな男性ナースが多い。

やはりぎこちない手つきで何度も失敗された。「あなたの血管くねくね動くからやりにくい」と血管のせいに。。。

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そりゃ鉄管じゃあるまいし当然に動くだろう。

ちょっと頭悪すぎやね。

左手から右手に変えてみてもらったが依然としてツーンと痛い。

私が痛がるとこう言いだした。

「痛いはずがない!」

いやいや、本人がめちゃ痛いっていってるのだ。

アホ過ぎ。

別の男性ナースがやってきて何とか落とし前を付けてくれた。

それでも仕上がりは50点前後。

ようやく病室へ

病室へ移動する前にレントゲン室へ。

私の前はいかにもお金の匂いのするチノイなオヤジだった。

脳梗塞なのか全く言葉が話せない感じ。

太った奥さん息子がオヤジが終わるのを携帯弄りながら待っていた。

熱で体がガタガタ震えている。

それでも服を脱いで冷たいXレイ用の板に胸と付けるのが非常に辛かった。

既に打ちのめされながらもようやく車いすは病室へ向かった。

私の部屋はスタンダードプライベート。

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この部屋の下はいきなり扇風機仕様の大部屋となる。

WIFIのパスワードを貰ったがインターネットを使う元気がない。。。

あとで分かったのだが、ここのWIFIほぼ繋がらなかった。

全くもってフィリピンらしい。

あとトイレの水がたまに流れない。

シャワールームに給湯器があるが、使い方が分からない。

食事はこんな感じで塩分の効いたものが朝昼晩きっちり運ばれてくる。

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食欲が全く無かったので殆ど手をつけずに返却してしまうのが非常に切なかった。

唯一食えたのがスイカ。

水分の多い果物は命水。

こんな感じで入院生活が始まったのだった。

やはり蚊がいなくなるスプレーはフィリピン生活では必須だと痛感した。

 

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モトボサツ

2年のセブ島ジャングル生活を経てビサヤ語を習得。その後タガログ語も同時に習得し、最後は英語という逆ばりメソッド。現在生命保険、医療保険コンサルおよびビジネス通訳を兼ねる。元セブの大学にて3年間ストリート系日本語教師の経験あり。

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