セブなんか行きたくない
フィリピンは7000以上の島からなり、それぞれ独自の文化風習言語を持つ。
生まれてこのかたその島から出たことがない人が多い。
まるで江戸時代並みに狭い世界の中で生きているのだ。
カワイイちゃんの世話をしてくれているジェンが辞めることになった時に、代役の募集をバコロドにいるティムの妹とお母さんに頼んだ。
何人か適当な候補者が現れたが、勤務地がセブと聞いたとたん全員拒否。
セブが嫌なのではなく、知らない土地に行くきたくない。
未知のものはなんでも怖い体質なのだ。
ホテルのブッフェでもチキンとライスだけを何度も食べる。
知らない場所では生きていけないという超ジモピーマインド全開。
そんな中、独りバコロドから独りやってきたクリスタル。
ちなみに飛行機ではなくバス&フェリー。
鉄が空を飛ぶなんて怪しいと思っている。
母親の深い悲しみ
少しずつモトボサツファミリーと打ち解け、自分の過去を話すようになった。
着る服がないほどの貧困。
DU30シャツの隙間から見えるパンツもオカイオカイなのだろう。
セブへ移り住む彼女の覚悟の裏側には壮絶な悲しい出来事があった。
13歳でマニラでハウスキーパーとして働きに出された。
ボーイフレンドとの間に子供が出来たが、男は完全タンバイで働かない典型的ピノイスタイル。
そうなると宇宙の法則どおり、一家で女の生まれ故郷バコロドへ身を寄せることになる。
25歳までに子供を4人産んだ。
ボーイフレンドは働かないどころか、お約束通り白い粉中になり、家に戻らなくなった。
フィリピンではありふれたリザルト。
数カ月前、2歳半の娘がデング熱にかかってしまった。
ちょうどうちのカワイイちゃんと同じ年だ。
そしてパブリックホスピタルに入院。
フィリピンのパブリックはこの世の地獄。
窓は割れているし、ベッドのシーツはグチャグチャ。
場合によっては一つのベッドに3名寝かせられたりする。
デング出血熱だった。
娘さんは辛さを訴える事も出来ないままどんどん症状は悪化し、最後は鼻血を出してそのまま冷たくなってしまった。
その話を聞きながら私はもう辛くて辛くて胸が張り裂けそうになった。
2歳半といえば本当にかわいい盛りだ。
私はデングの苦しさを物凄く知っている。
子供には絶対あの辛さを味あわせたくない。
せめて子供に墓石を
色んなものを失ってきた。
しかし幸いまだ子供を失ったことがない。
きっと自分だったらもう生きていられないかもしれない。
亡骸を収める棺桶を買う余裕もない。
自分の父親にお願いしたら断られた。
彼には既に新しい家族があり、他へ回す愛情もオカニもないのだ。
彼女はそんな父親を大変恨んでいるようだ。
しかし、タンバイ男の事は全然恨んでいない。
フィリピンの男女事情は摩訶不思議。
娘さんの亡骸を粗末なブランケットに包み、そのままパブリックの墓場まで行った。
せめて墓のネームプレートだけでも作ってあげたい。
そう思った彼女は夜のバーで働き、最初で最後のバーファイン。
手にした1500ペソで娘さんの墓にネームプレートを捧げたのだった。
どんなに辛くても時だけは残酷に過ぎてゆく。
私が出来ることは唯一
今から2500年前、お釈迦さまは子供のパタイ(人間の最後に訪れる儀式)を受け入れられない悲しみの母親に言った。
「ケシの粒を貰ってきなさい。ただし未だかつてパタイ(人間の最後に訪れる儀式)人を出したことのない家から」
それを持って来れば子供が生き返ると思って喜ぶ母親。
そして一軒一軒尋ねて歩くうちに気が付くのだ。
世界で一番自分が不幸だと思っていたが、不幸なのは自分だけではなかったと。
しかし、クリスタルの場合は逆効果かもしれない。
ろくに手を尽くされることなく亡くなってしまった自分の娘。
一方、両親そろっており、健康で必要十分な生活環境の元すくすく育つカワイイちゃん。
対極すぎる残酷なまでの固定された生い立ち。
クリスタルがセブ行きを決めたのは環境を変えて深い悲しみから立ち直るきっかけをつかむため。
私はクリスタルに100ペソ渡し、近くにあるバイヨットの店で髪を切ってくるように言った。
髪を切ると気分というか性格さえも変わる。
松山千春もツルッパゲになったとたん性格までヤクザになった。
私が彼女にしてやれることは一つだけ。
居場所を提供することだけだ。
そしてカワイイちゃんを自分の子供だと思ってかわいがってくれたら幸いだ。
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