モトボサツ的

【愛憎】とうとうS子について語る時が来たようだ

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愛と憎しみは表裏一体

つい先日、9年前に2年付き合ったS子とマンダウエ市のJセンターモールのエスカレーター付近でバッタリ出会った。

丁度大雨が降っており、私は傘を買いに2Fのホームセンターに来ていた。

250ペソもするラスタカラーの高級折り畳み傘を手に入れた私は店から出てエスカレーターの方面へ歩きだした時だった。

視界にハッとする人物がキャッチされた。

11年前の第三の青春

今を遡ること12年、私がセブのジャングルを降りてセブ市内で居候した韓国資本の語学学校がダウンタウンのど真ん中にあった。

クーラーとお湯シャワーのある生活。

当時は特にカルボンマーケット付近は環境がワイルドであまりよくないとか言われていたのだが、それでもジャングルに比べると天国だった。

毎朝セブ市スポーツ競技場アベリアーナで早朝から走り心地よい汗をかきながらダウンタウンへ戻ってくる。

通りで物を売るベンダーとも眉で挨拶を交わすようになった。

韓国資本の学校は朝昼晩の食事はすべて韓国料理だった。

自分で食料を調達しなくて良い快適な寮生活。

韓国資本の語学学校の飯が激不味いという言う話をよく聞くが、人生そんなことを言っているうちが花なのだ。

私は毎日有難く頂戴した。

時々学校へ出入りするフィリピン人のオッサンが居た。

歳の頃はそうさのぉ50歳位か。

午前10時頃フラッとやってきて学校で昼飯を食ってからいなくなる謎のフィリピン人。

私はビサヤ語を唯一話せる外国人という紹介のされ方をし、いつの間にか学校の食堂で昼飯を一緒に食べる仲になった。

何をしに来ているのかといえば、学校お抱えの公認会計士らしい。

領収書の回収と税務処理。

彼の事務所はダウンタウンのサントニーニョの向かい側にあった。

その頃の私は私をセブへ連れて来た元カノTと色々あって公式なお付き合いが出来なくなり、気ままな第三の独身生活を謳歌していた時期だった。

「Naa moy uyab?」ナーモイ オヤッブ? ガールフレンドはいるのか?

そう聞かれるのはセブ流の挨拶だ。

私はセブにやって来て2年間ダムのある山奥で暮らし、最近色々あって街へ降りて来たばかりだといういきさつを話した。

そんな感じで英語の語学学校の食堂にて堂々とビサヤ語を話していた。

オッサンは自分の事務所に独身の27歳の女性がいるが会ってみるかと言ってきた。

私は一瞬躊躇した。

丁度毎晩カナダ人のジェフと飲み歩くのが楽しくて仕方がなかった頃だった。

フィリピーナは世界一嫉妬深い。

固定の彼女が出来ると夜遊びに支障をきたすだろう。

オッサンの話によると今まで雇った会計士の中では抜群に頭が良いらしい。

ワイルドモンキー系なフィリピーナさん達にさんざん振り回され疲れていたということもありそのオファーには大変興味が湧いた。

「Dili siya tambok? ディリ シャ タンボック?」

デブじゃないよね?

「Dili oi, niwan siya 違うよ 痩せてるよ」

オッサンの目が輝いた。

外見を表現するビサヤ語

ダウンタウンの会計事務所

その日の午後、そのまま事務所へ連れて行かれた。

お堅い会計事務所ということもあるのだろうが、フィリピンとは思えない地味なリアクションだった。

市役所が似合う太ったおばさんが2名と痩せた女が1名いた。

これか。

色が浅黒い典型的なインド顔だった。

フィリピン人の顔は大きく分けて4種類ある。

  1. マレー顔
  2. チャイニーズ顔
  3. インド顔
  4. スペイン顔

私は風景の一部としてキャプチャーし、一瞬で彼女のデータを測定した。

背は160センチ程度。

腰を抜かすほどの美人ではなかったが、フィリピン人らしくプリキュッと上がっており、首が短く手足が妙に長い。

胸のサイズは残念ながらフィリピンあるあるなAマイナスという判定。

彼女のデスクの脇に積まれた分厚い本が気になった。

なぜならフィリピン人は本を読まないという固定イメージが出来上がっていたからだ。

その日は電話番号を交換してから別れた。

せっかくなのでランチでも一緒に食べようとこちらから誘った。

フィリピン人が一番喜ぶのは間違いなくJollibeeなのは知っているが、2番目に喜ぶイエローキャブにしてやった。

なぜなら読書好きな変わったフィリピン人にはひょっとしてチキン&ライスはウケない気がしたからだった。

彼女は事務所で見るよりもさらに大人しくまるで中世の修道女のように超コンサバなオーラを放つ。

この女性はひょっとしてアイアンメイデン(鋼鉄の処女)なのか?

なんとなくだが男を豊かにするあげまんの香りがした。

モトボサツ
「Pila kabuok imong anak?」ピラカボオック イモンアナック?子供は何人?

私は18歳以上の女性と出会うと真っ先にこの聞き方をするようにしている。

なぜならYes Noで答える質問をすると反射的にNoと言われてしまうからだ。

もう子供がいることなど知っているさという感じで聞くと正直に答える。

「Naa usa」 ナー ウサ  いるよ1人

そうなると今度は男の子か女の子か聞かなければならない。

モトボサツ
「Babaie lalaki?」ババエ ララキ? 女 男?

「Babaie」ババエ 女の子

モトボサツ
「Pila siya edad?」ピラシャ イダッド? 何歳?

「4yeas old」4歳

イメージとは違いアイアンメイデン(鋼鉄の処女)では無かった。

男の子がいると言われたらその瞬間に終わる。

なぜならフィリピーナは男の子がいると、子供が100%プラトニックな彼氏となっているからこちらへの実質的愛情はゼロになる。

御多分に漏れずシングルマザーだという。

このシングルマザーという情報も非常に曲者で、同情を誘うために嘘をついてる可能性もフィリピンあるある。

しかし、彼女の場合、タンバイの旦那を養っている感じはしなかった。

ミンダナオ島のウサミスという外務省ができれば行くなと言ってる地域で生まれ育ったらしい。

彼女の父親はスペイン系のパロパロで彼女が幼少の頃に他所に女を作って出て行ったらしい。

そう言いながら無造作に腕のソバカスを私に見せた。

フィリピンでは腕にソバカスが出来るとスペインの血の証拠らしい。

本当かよ?

しかし、父親に悪歴史のある女性は恋愛に関して幸薄なのはどの国でも同じなようだ。

ある日彼女は私を家に招待した。

マンダウエ市とラプラプ市を結ぶニューブリッジの麓からコソラションへ抜ける道の途中だった。

日本人の感覚からすると掘っ立て小屋だろう。

こんなところからダウンタウンまで通う通勤時間と労力が勿体ない。

なぜこんな所から通っているのか聞いてみると、兄貴が近くに住んでいるので子供の面倒を見て貰えるからだということだった。

さらにダウンタウンは人の住むところじゃないと付け加えた。

子供の本やおもちゃが部屋にあった。

フィリピンの公認会計士の給料ではこんな掘っ立て小屋にしか住めないのか?

余計なお世話ながらそう聞いてみるとマイホームを買うために貯蓄しているそうだった。

日本では持家より家賃払う方が賢いということを言いかけたが余計なお世話なので寸前で止めた。

子供が幼稚園から戻って来た。

彼女は私に子供をなつかせようとしている。

もうそんな形でロックオンされてしまったのだろうか?

つづく。。。

 

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モトボサツ

2年のセブ島ジャングル生活を経てビサヤ語を習得。その後タガログ語も同時に習得し、最後は英語という逆ばりメソッド。現在生命保険、医療保険コンサルおよびビジネス通訳を兼ねる。元セブの大学にて3年間ストリート系日本語教師の経験あり。

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