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【長崎懐昔】お糸はまるで性悪フィリピーナ 長崎刑務所、雲仙~軍艦島

投稿日:2018年5月31日 更新日:

ティムが簡単に「雲仙に行きたい」と言い出した。

言うのは簡単だが、かなり遠い。

結局、弟に車を出してもらい、雲仙島原ツアーへ出かけることになった。

長崎刑務所跡 100年間

100年前に建てられた重厚な建物で、今は表門のみが残される。

長崎県諫早市。

歴代の受刑者の尻を支え続けてきた石のベンチには流石に風格を感じた。

刑務所の絶対数が全く足りていないフィリピンからすると実に勿体ない話だ。

日本がどれほど平和なのかシンボル的存在といえよう。

仁田峠とミヤマキリシマ

長崎では仁田峠は雪が降ると真っ先に通行止めになる印象が強い。

東京の人が上野動物園へと繰り出すように、長崎人のドライブコースとしてここは鉄板中の鉄板なのだ。

ミヤマキリシマ咲く季節はそれを見物するのが長崎人の風流といってもよいだろう。

深山霧島(ミヤマキリシマ)は九州各地の高山に咲くツツジの一種だ。

この日は日曜日ということもあり、駐車場まで車の行列ができていた。

1866年には坂本龍馬が新婚旅行で霧島を訪れた際、姉に宛てた手紙の中で「きり島つゝじが一面にはへて実つくり立し如くきれいなり」と書いているので有名。

この仁田峠からツツジ見物は私にとって本当にタイムスリップした感じで遠い昔の少年時代に小学校のバス旅行や家族できた思い出を懐かしんだ。

普賢岳の火砕流 あれから27年

1991年ちょうど私はまだ高校生だったころ、普賢岳が大噴火し、大災害となった。

いまでは何事もなかったような普通の山に見えるが、この山が大悲劇を生んだ。

これだけ普賢岳がすっきり見えるのは珍しいらしい。

そんなことつゆ知らずのカワイイチャンはここで双眼鏡というアイテムを初めて知り大興奮。

以後観光地へ立ち寄るたびに100円が飛ぶように消えていった。

 

お糸はまるでフィリピーナ

雲仙地獄めぐりは長崎観光の筆頭に来るイベントだ。

お糸地獄の説明が個人的に印象的だった。

たいへん裕福な生活をしていたのに密通をしたあげく、夫を殺してしまったお糸という女がいました。お糸が処刑されたころにこの地獄が噴出したので、「家庭を乱だすと地獄に落ちるぞ」という戒めをこめてこの名前がつけられたといわれます。

まるでお糸は性悪フィリピーナのようだ。

日本人の旦那から裕福な生活を与えられているにも関わらず、タンバイの彼氏に入れあげ、終いには日本人旦那はフィリピンでバイク便に殺られるシーンが頭に浮かぶ。

その後お糸は姦通罪で処刑されるらしいが、「家庭を乱すと地獄に落ちるぞ」という部分は決定的にフィリピンチューンドカソリックの教えと違うような気がした。

暴徒と化す日本人

雲仙みかどホテルはお得な温泉とランチ食べ放題のセットになっている。

クーポンを持っていくとおひとり様1500円。

11時からと12時半からのグループに分けられ、無制限にゆっくり食べるわけにいかないフードファイト会場と化す。

この時に分かったのが、旅の恥はかき捨て状態の県内外からやってきた多種多様な人たちはもう日本人じゃない。

グリーディーなまでに我さきに貪り食い、他人への配慮のかけらもなかった。

私は冷やしうどんコーナーで最後のうどんを農家のおばさんにえげつなく横取りされかなり相当に凹んだ。

あれはきっと地元での顔とは完全に違う。

日本人もみかどホテルではフィリピン人になれるのだ。

ここ最高 軍艦島を眺める温泉

軍艦島を見ながら入る温泉として有名な温泉。

炭酸温泉ALEGA(旧長崎健康村)。

雲仙島原方面は小学生の頃に訪れたきりで数十年ぶりの観光だった。

疎遠になっていた弟と風呂へ入りその復縁は母へレクイエムとなった気がする。

 

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モトボサツ

2年のセブ島ジャングル生活を経てビサヤ語を習得。その後タガログ語も同時に習得し、最後は英語という逆ばりメソッド。現在生命保険、医療保険コンサルおよびビジネス通訳を兼ねる。元セブの大学にて3年間ストリート系日本語教師の経験あり。

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