コロナ関連

【世界ワースト1】ニノイアキノ空港ターミナル1で一晩明かしたトラウマ的レポート

投稿日:2021年2月13日 更新日:

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2013年~2016年 モトボサツ勝手にブログセブ島編 カテゴリー別

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【シーズン1】モトボサツ勝手にブログセブ島編|カテゴリー別記事

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マニラ経由は極力避けよう!

今回の日本帰国に際し、14日間の自主隔離を福岡で過ごすと決めたので、必然的に「セブ→マニラ→福岡」ルート一択となった。

という事は鬼門とされているマニラの空港を経由しなければならないのだ。

ニノイアキノ空港といえば世界一最悪な空港という評価を受けており、それは未だに健在だった。

しかも最悪の評価とは私が一晩明かしたターミナル1を指す。

嫌な予感しかないが、空港の外に出ないという条件でバランガイ証明が発行されており、外部のホテルへ移動し宿泊するとまた面倒臭いことになるだろう。

ここは最後の修行と捉え、ターミナル1にてお地蔵さんのようにじっとステイするしかない。

今回は、マニラの空港で私がどのよう一夜を明かしたのか克明にレポートしてみたい。

 

難民ボサツの一夜

2月9日、予定通りセブを発ち19時40分にマニラの第2ターミナルへ到着した。

そこから、フリーシャトルバスに乗り第1ターミナルへと移動するのだが、受付に座っていたチノイな女性職員に尋ねてみると荷物ターンテーブルの先にあるベンチに座って待つように指示を受けた。

そういえば、スーツケースは福岡で直接受け取れるようにお願いしたのだが、とても心配だ。

しばらく荷物の流れを観察し、自分のスーツケースがないことを確認。

ターミナル1へ移動する組はざっと10名程度。

暫らくすると担当の女性がやってきて、ターミナル1へ移動する人を集めバスへ便乗させた。

まあ、そこまではかなり順調!!

バスの中は乗客同士が間を空け座るよう、わざわざ椅子にステッカーが貼られていた。

5分ほどでターミナル1へ到着し、我先にと慌ててフィリピン乗客たちは降りて行った。

しかし、そこから衝撃的な悲劇が起きた。

まるで関所のお役人さながらの形相で女性ガードマンが通せんぼしている。

 

空港のターミナル1の建物内へ入れない!?

 

「朝までロビーへ入れない」ときっぱり言われた。

私の乗る福岡便は翌朝9時45分発。

「朝とは具体的に何時なのか」と尋ねたが、朝としか言わない。

そうなのだ。

フィリピン人は基本的に朝昼晩という大雑把な感覚感覚の中で生きている。

すぐ脇の階段を下ったところに待合があるので、そこで過ごせと言われた。

そして、言われた場所へ行ってみると土間のようなコンクリートしかない。

刑務所以下だ。。。

階段の裏に木製のベンチを見つけたので、たった一晩だけ我慢するかと腹を括り籠城体制に入った。

 

 

30分ほどすると、突然男性のガードマンがやって来た。

銃に手をかけているのが怖い。

 

「おい、ここに座るの禁止だから他所へ行け」

 

無造作に指をさした先には「Media staff only」と書いてある。

あんなケチ臭い木製ベンチを御大層にメディア様専用と書いている気が全く知れないが、私はまるで難民のように追い払われた。

それから、安住できる居場所を求めターミナル1の外側を彷徨った。

そして、駐車場へたどり着いた。

懐かしい光景。

想い出が走馬燈のように蘇る。

昔、マニラで働いていた頃、お客さんを迎えに頻繁に空港へ来ていたのだが、ここで良く時間を潰していたな。。。

日本からの到着はターミナル1、2,3とそれぞれ分かれていたが、正直ターミナル1に行くのがとても気が重かった。

なぜなら、まず施設が古くてクソボロく、まさにザ・フィリピンを絵に描いたような場所なのだ。

また、客層もヤバい感じ!

ターミナル2や3に迎えにいるフィリピン人と比べ、ターミナル1に集まる層は歴然とローカル感が強烈。

常に緊張していないと、やられてしまいそうだった。

 

昼飯を13時に食べたきり何も腹に入れていない。

時計を見ると午後8時半。

この状態で朝まで空腹を抱え世界一ヤバいターミナル1を流離わなければならなんのか?

駐車場付近にティンダーハン(駄菓子屋)が少し開いていた。

しかし、腹を壊しそうな肉まんやホットドックしか売っておらず、明日朝の決戦に備えて体調を温存したい。

とりあえず水とスナック菓子だけ買っておいた。

フィリピン国内を移動する際は非常食が必要だと痛感。

 

携帯おにぎり わかめ・鮭・五目おこわ・昆布 5年保存食 非常食

 

これから朝まで約9時間どうやって時間を潰そうか。。。

空港の外へは出れないし。。。

到着を待つベンチに何人かフィリピン人が座っていた。

これから到着する家族でも待っているのだろうか?

10分も座ればケツが痛くなるような鉄製のベンチ。

一瞬、自分もそこに座って夜を明かそうかと思ったが、ふと危ない雰囲気を感じてしまった。

長年フィリピンに住んで身に付いた嗅覚だ。

私はその場を離れ、最初に追い払われた場所の方面へと向かった。

 

女性ガードマン

左へ緩くカーブする登りスロープの所に女性ガードマンがいた。

歳の頃はそうさのぉ、30歳くらいか。

 

「あんたどこに行くの?ここから先に行くにはPCRテスト結果を見せなさい」

 

そのチェックにどれだけの意味があるのか分からないが、素直に従うしかない。

私は検査証の本紙ではなくコピーを提示した。

 

「パスポートも見せて」

明らかにガードマンの仕事ではないが、まあ仕方がない。

 

「あんた日本人?」

モトボサツ
オオポ マム

 

今更だがフィリピーナには年齢関係なく常に「マム」という単語が効く。

50歳を超えた日本人のオッサンからマムと丁重に呼ばれ気を良くする女性ガードマンは分かりやすく恍惚の表情を浮かべた。

 

「日本のどこへ行くの?」

モトボサツ
サ トッキョポ

トーキョーと伸ばすと通じないことがある。

フィリピン人の言語には長音がないのだ。

もちろん目的地は福岡だが、フィリピン人に福岡と言っても説明が必要なので、出身地とか目的地を聞かれると反射的に「東京」と答えるようにしている。

私は女性ガードマンの顔を見てついついビサヤ語が出そうになるのをぐっと抑え、タガログ語モードへ切り替えた。

ティムがビサヤ語を話すようになって以来、家の中でタガログ語を一切話さなくなった。

なんだか久しぶりのタガログ語にぎこちなさを感じつつもそれが妙に刺激的でもあった。

女性ガードマンによると、私が追い払われた場所の外側にベンチがあり、そこには常にガードマンが待機してそこにいるので安全だというアドバイスを貰った。

そうなのだ。

フィリピンでは居心地云々より安全性が優勢される。

私は一期一会の会話にお礼を告げ、元の場所付近へ戻った。

 

朝まで鉄のベンチ修行

 

インターネットだけはフリーで使えるが、2時間限定というケチ臭いシステム。

それが終わると15ペソ払って細切れにWi-Fiを買うしかない。

 

NETFLIXに接続し時間を潰そう。

通常だと邦画はあまり見ないのだが、これから日本へ上陸しする準備運動として日本のドラマが良さそうだ。

メニューをめくっていくとた、キムタク主演のアイムホームというドラマを見つけた。

シーズン1のみで完結。

各エピソードが恐らく40分程度なので10話を観終わったら丁度良い時間となりそうだ。

私が座っていた場所はどうやら職員たちが迎えを待つ場所のようだった。

空港はやたらと女性スタッフが多い。

次から次へと男が迎えに来て車に乗り込んでいく。

これから二人で熱い夜を過ごし、フィリピ人口の増加に拍車をかけるつもりだろう。

キムタクのドラマを見ながら途中で睡魔が襲って来た。

バックバッグの中には少しまとまった日本円が入っている。

寝たら最後とばかり、かるくストレッチをしたりして睡魔を寄せ付けないように緊張感を保った。

そして、なんとか退屈すぎるターミナル1をやり過ごし、ようやく朝5時を迎えた。

 

最後の決戦

チケットカウンターは素通り。

なぜならセブの空港で国際線の分のチケットの発行も受けていたからだ。

さて、最大の難関であるイミグレーション通過。

女性職員の方へ並んだ。

なぜなら私はピノイが苦手だから。

私のパスポートは9gビザからのダウングレードからの延長とECC(イグジットクリアランス)を含め、添付書類がてんこ盛り。

戦々恐々とした面持ちで最後の決戦に挑んだ。

そして、開放された。

ここまでの苦労が走馬燈のように蘇り、目頭が熱くなった。

 

 

さいごに

今回のパンデミックのさなか、家族の安全と子供の教育水準を確保するため日本へ戻ることを決意したわけだが、とりあえず、福岡へ上陸!

私が最後に住んだ街も福岡だった。

まるで釣りがフナで始まりフナに終わるように、福岡で始まり福岡で終わるのだろうか?

大学時代につきあったアヤちゃんと別れた衝撃で再就職し新生活を始めたのも福岡だったし。。。

きっと長崎よりも福岡に縁があるのだろう。

マニラのニノイアキノ空港は世界一最悪という評価通り、私もロクな目にあったことはない。

かつて私が無実の罪でマニラの空港警察に捕獲された事件はあまりにも有名。

「お前はイエローモンキーだから今夜はモンキーハウスだ」と警察署内で言葉による拷問を延々と受けたこともある。

 

イノセント
そんなひどい目にあったにも関わらず、フィリピン人と結婚するなんて自虐的だわ
モトボサツ
俺も懲りない男やねって自覚があるとです

 

元カノTがいつもセブへ渡航する際はやはりマニラの空港を避け、セブ-仁川-福岡ルートを選択している。

セブ島留学のゲストにもマニラ経由は絶対に避けた方が良いと何度も警告してきた。

しかし、今回はセブから福岡へ上陸するにはノーチョイスでマニラ経由ルートを選択せざるを得なかった。

 

直行便との圧倒的な違いは国内移動のための証明書集め!

発狂するほど大変かつ不安だった。

 

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2021年2月9日【セブ→マニラ】フィリピン国内移動レポート|私がハマったトラップを大公開!!

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セクションを管轄している職員自体が本来のルールの詳細を知らず、適当に主観的なジャッジを下してくるので恐ろしい。

コロナ禍の現在、セブからマニラを経由して日本へ上陸するルートは極力避けた方が良い。

しかし、どうしてもという場合には、少し署名書や許可書の種類が増えるかもしれないが、ホテルで宿泊することを強くすすめる。

けして、私のようにターミナル1で過ごすという無謀を犯さない方が良いだろう。

 

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モトボサツ

2年のセブ島ジャングル生活を経てビサヤ語を習得。その後タガログ語も同時に習得し、最後は英語という逆ばりメソッド。現在生命保険、医療保険コンサルおよびビジネス通訳を兼ねる。元セブの大学にて3年間ストリート系日本語教師の経験あり。

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