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フィリピンで13回目の誕生日を迎えて|全部すててたどり着いた奇跡

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本日、有難く52歳の誕生日を迎えた。

髪の毛がなんとなく薄くなり始めたのが46歳だったので、あれからもう6年経過しているということだ。

歳を取るたびに誕生日が巡ってくるスピードが加速する。

いわんや毎日ブログ記事執筆という同じ事を単調に繰り返していると時間の経過が一層加速する気がする。

そして自分の残り時間が少なくなっていることも同時に実感してしまうのだ。

 

ところで、日本で生活していた頃は誕生日といえば小さな子供が親からケーキとプレゼントを買って貰う日だと思っていた。

そして、大人になって誕生日を迎えるたびに「また歳をとってしまったな」とネガティブな気持ちが沸き起こっていたのも事実。

それは、私の亡き母も同じで「誕生日おめでとう」というと「やめてよ、歳をとってしまっただけだから」とボヤいていた。

これは私や母のみならず、日本全国が同じマインドを持っている気がする。

 

フィリピンでは子供からお年寄りまで誕生日パーティーが大好き。

1977年のグリコポッキーのCMソングにあるように「1年365日きっと誰かの誕生日♪」というわけで、ちょっと大きめのレストランへ行くと必ずどこかのテーブルで誕生日会が行われている。

極端に言えば、フィリピン経済は盛んに行われる誕生日会に支えられていると言っても過言ではない。

なぜそんなにフィリピン人は誕生日パーティーが好きなのか?

アジア唯一のラテン国家フィリピンではお祭りが大好き。

さらに、フィリピンでは誕生日の人が振る舞うという日本とは真逆の習慣により、ただ飯にあやかれるという特典がある。

この奇妙な誕生日を迎えた本人が振る舞うという習慣だが、私はその理由が痛いほど分かる。

38歳でフィリピンへやって来た当初は全く意味が分からなかったが、現地でデング熱やピグサ(マタグティキ)など風土病の冒され、そして隣人知人が頻繁に死んでいった。

これが自然界の現実なのだ。

自分らしく自由に生きれる羨ましいフィリピンだが、逆に言えば死ぬ自由もここにはある。

沢山生まれて沢山死ぬ。

生まれた瞬間に死と隣り合わせ生きるのがフィリピンの真実。

死から遠い日本では、誕生日を迎えるたびに「また一つ歳をとって嫌だな」とボヤいてしまうが、フィリピンでは「ああ、今年も生きて誕生日を迎えることができたぞ」と率直に喜ぶことができる。

これはもう一種の悟りだ。

誕生日の本人が振る舞うのは、この満足感を他人と分かち合い、支えてくれた周りの人へ感謝するという自然な気持ちの表れなのだ。

13回もフィリピンという国で誕生日を迎えることが出来たのは本当に奇跡的なことだと心の底から思う。

また人生後半に生きがいを与えてくれたカワイイちゃん。

 

そして、カワイイちゃんを生んでくれたティム。

ライフワークであるモトボサツブログをご覧頂いている方へ深く感謝を述べたい。

そして、52歳の誕生日をフィリピンで迎え確信を持って言えることがある。

それは、豊になることが幸せなことではないということだ。

日本時代の私は、人生の短さに気づかず、1日の奇跡をおろそかにしていたのだ。

今では毎日の終わりに今日も生きれた事を本気で感謝するようになった。

 

このブログを書き始めたきっかけは「これを読んだ人が少しでもハッピーになればいいな」という思いだった。

だからジャングル生活のけして自慢できるものでないワイルドな世界を赤裸々に描写した。

プール付きのコンドでセレブな海外生活を披露するのではなく、「こいつより俺の生活の方がマシかも」と思って貰えたら幸いだと思いながら書いていた。

中には私のブログ記事を心の支えに東南アジアの別の国で苦難と闘えたという告白も頂いた。

これからも誰かを元気に出来るような記事執筆を心がけ、時間と命の続く限り執筆を続けたいと思うんのでぜひ応援よろしくお願いします!!

 

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ぜんぶ、すてれば

 

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モトボサツ

2年のセブ島ジャングル生活を経てビサヤ語を習得。その後タガログ語も同時に習得し、最後は英語という逆ばりメソッド。現在生命保険、医療保険コンサルおよびビジネス通訳を兼ねる。元セブの大学にて3年間ストリート系日本語教師の経験あり。

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