子育て 日本vsフィリピン

福岡で働くフィリピーナ教師の目線|日本の学校は競争の無い平和な世界?!

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2013年~2016年 モトボサツ勝手にブログセブ島編 カテゴリー別

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【シーズン1】モトボサツ勝手にブログセブ島編|カテゴリー別記事

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ハンガーゲームな日本社会が平和に感じるフィリピン人

福岡で働くあるフィリピーナ

日本で働くフィリピン人は多いが、私の様に移住先で受けたカルチャーショックをブログ記事にしているフィリピーナがいる。

現在、福岡県の小学校でアシスタントランゲージティーチャー(ALT)として働いているMarianila(マリアニラ)さん。

彼女は2002年から2012年までフィリピンで教鞭を執り、その後、文部科学省を通じて日本政府から奨学金を受けるために日本に移住。

詳細はこちら

 

彼女は独自の目線で日本とフィリピンの小学校のシステムの違いを端的に描写している。

フィリピンの学校では様々な賞を用意しパフォーマンスの良い生徒に贈呈します。一位から三位、時には四位まで用意し、カテゴリーも英語、数学、科学、フィリピン語と多岐に渡ります。

表彰式の日には、学校のステージではスピーカーをセットし表彰も飾られています。賞と表彰を受けた学生は皆、興奮して幸せです。彼らはほとんど新しい服と靴を着ており、両親や保護者と一緒にステージに上がることを非常に誇りに思っています。両親や保護者は、ほとんどの場合、賞を受賞するためだけに素敵な服を着ています。

教師にとってこれは非常に簡単な作業ではありません。私が小学校の先生だった頃、この表彰式の季節にはどういうわけか私に頭痛の種を与えました。私は、生徒の努力を認めたいタイプの教師でした。通年の生徒の努力を称える形容詞が何であれ、すべての生徒に賞を与えたかったのです。しかしもちろん、すべての生徒が賞を得るに値する努力をするわけではありません。すべての学生にどのような賞でも良いので与えるべきかを考えるのに頭痛がしました。努力した数人の生徒に何も与えることが出来なかったのを覚えています。もちろん、何も得られなかった生徒たちは気分が悪く悲しんでいるのを見て心が痛みました。

一方日本では、閉会式は全く別のシーンです。日本は平等とシンプルさを大切にする国です。私たちがフィリピンで行っているような、優等生や賞をめぐる競争のようなものは実際には存在しません。卒業式が近づいても普通の日とほぼ変り有りませんがフィリピンでは、学校の最終日が近づくと、教師が表彰日の準備で忙しくなり、一部の生徒がイベントのダンスや歌のプレゼンテーションのリハーサルで忙しいため、クラスが中断したりすることが多いのです。

両国の文化の違いがわかります。人々が盛んに競争し、イベントを楽しみ、名誉と誇りを重んじるフィリピン。シンプルさと平等を好む日本。もちろん、どちらにも長所と短所がありますが、これが私たちの生き方です。これが私たちの文化です。これが私たちを作るものです。私がここ日本に来て、閉会式がいかに簡単であるか、そして成績の悪い学生がフィリピンのように表彰式でプライドを押しつぶされて差別されないのを目撃したとき、私はフィリピンでも同じ事が出来たらと思いました。でも、同じことをしたら、両親と一緒にステージに上がって、リボンとメダルを首にかけたり、もちろん写真を撮ったりした思い出はありません。

 

 

ブログの筆者「マリアニラ」さんが指摘する日本とフィリピンの大きな違として「シンプルさと平和を好む日本」描写しているが、以前フィンランドの小学校の校長先生が日本の小学校を視察に来て真逆の事を言っていた。

「運動会で生徒を競争させ優劣をつけるのはおかしい」。

 

フィンランドの校長先生の違和感

>順位を付けたり上位を表彰したりすることはあるか?

1位から何位までか決めて賞状を用意してます。

 

>正直ガッカリです。運動はそもそもいい物なのに競わせることで運動が得意じゃないことはビリという烙印を押されてしまう。それでもう運動はやりたくないと思うようになるのではないですか?

一人一人に自分の目標を持たせています 努力の過程を学校で評価をしてあげている

 

>やはり納得できませんね。順位が上がったからってそれが何なんですか?

自分の力を克服し自分と闘うことに意義がある。

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小学校の頃、成績は底辺だったが運動能力だけは少し高かったので運動会では常に入賞し優越感に浸れた。

だから賞のない運動会なんて面白くないと心底思う。

フィンランドの校長先生の指摘は人権擁護の観点ではハートウォーミングかもしれないが、運動会で入賞出来なかったからと言ってモチベーションを失いダークサイドへ落ちる小学生がいるのか?

 

考察とまとめ

フィリピンは戦前の日本と同じように学校の先生になるという事は非常に名誉なことだ。

出来の良い子は小学校時代からずっと優等生としてステージで親と一緒に華やかな表彰を受け、それが揺るぎないアイデンティティーとなる。

ブログの筆者のフィリピーナも地元では小学校時代から優等生としてならし、記事中でも「残念ながら成績が2位となったので親から自転車ではなく靴を買って貰った」と書いている。

自分自身がフィリピンで学校の先生となり、出来の悪い生徒に賞があげられない事が心苦しいと優しい事を言っているが、最後に「日本の卒業式では親と一緒にステージに上がって表彰を受ける想い出が作れない」という最後の部分が非常に印象的。

優等生目線の感覚だ。

フィリピンという国は個人主義国で他人様や世間という概念が薄い。

だから他人が表彰されても本能的なジェラシーは感じるが自己肯定感に揺るぎはない。

そこでプライドが潰されるというのは少々大げさに感じてしまう。

フィリピンで派手な表彰式をやる理由は別にある。

>両親や保護者は、ほとんどの場合、賞を受賞するためだけに素敵な服を着ています。

というくだりだが、まさにコレだ。

うちのカワイイちゃんが4才まで通っていた近所の幼稚園でもセメスターの終わりには表彰式が開催され、上位3位まではメダルが贈呈されるのだ。

多くの園児が受け取れるように幾つかのカテゴリーに分かれており、合計で20個くらいのメダルが用意されるのだが、ある女の子がメダルを独占していた。

誰が見ても明らかに不自然。。。

後から分かったのだが、虚栄心溢れるステージママD子は幼稚園の表彰式が近づくと先生たちに食べ物や賄賂を配る。

受取り上手な講師たちはシナリオ通りにD子の娘にメダルを多く渡すことになる。

さりげなく多めという微妙な匙加減ができないので露骨な結果となってしまうのだ。

つまり、フィリピンの学校では子供のモチベーション云々よりも親の虚栄心を満たすために存在しているように映る。

元優等生のフィリピーナからすればイベント性の低い日本式は平和主義に捉えられているが、両国を比較しダントツで日本の方が世間体を含めギスギスした競争社会である。

年間3万人も自殺する平和な国がどこにあるのか?

一方、敗者という概念の薄いフィリピン。

できればうちのカワイイちゃんには日本とフィリピンの良いとこ取りで生きて欲しいと思っている。

 

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モトボサツ

2年のセブ島ジャングル生活を経てビサヤ語を習得。その後タガログ語も同時に習得し、最後は英語という逆ばりメソッド。現在生命保険、医療保険コンサルおよびビジネス通訳を兼ねる。元セブの大学にて3年間ストリート系日本語教師の経験あり。

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