子育て 日本vsフィリピン

日本を飛び出して分かった父親による「女の子の正しい育て方」

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父親の存在は儚い

今日はフィリピンだろうが日本だろうが関係なく全世界的に父の日だ。

うちのカワイイちゃんが生まれて数えで7回目の父の日となった。

今回の記事は「未来のカワイイちゃんが大人になった時にぜひこの記事を日本語のまま読んで貰いたい」という気持ちを込めて書いてみたい。

そもそも父の日という存在だが、ウィキペディアによると父の日なんて母の日とのバランスを取るために作られたものだという。

父の日誕生のきっかけ

1909年にアメリカ・ワシントン州スポケーンのソノラ・スマート・ドッド[1](Sonora Smart Dodd)が、男手1つで自分を育ててくれた父を讃えて、教会の牧師にお願いして父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったことがきっかけと言われている

つまり、父という存在は儚い。

そのこと自体は日本でもフィリピンでも同じだ。

子供は10ヵ月もの間、母親と一緒に旅をして生まれてくるのでバイオロジカルな面でも父親は母親の存在には到底敵わないということだ。

だから“ついで”という存在がお似合いなのだが、フィリピンの場合明らかに特に父と娘の関係性が日本と比べ圧倒的に近いのが嬉しい。

私がフィリピンに住むまであまり考えなかったことなのだが、一般的に母は息子と、父は娘は娘との関係性が近くなる。

それが家族のバランスというやつだろう。

ちなみにアメリカでは10月の第2日曜日に「父娘の日」というものが別途あるらしい。

 

ティムのお父さん

ティムの口からは故郷バコロドの想い出話がときどき出てくるのだが、中でもティムが大学生の時に亡くなった父親の事が多い。

父親の最後を看取ったのはティムで、その話は既に100回以上聞いている。

魚を食べれば、父親がよくこの魚を買って来たとか、父親が砂糖売り場に行くと父親がシュガーケインの会社で働いていたという話が出てくる。

だから私は会ったこともないティムの父親の事に関しては妙に詳しい。

その一方でまだ存命の母親の話は「あの人は凄く怖かった」ということだけしか出て来ない。

それも父と娘の基本的な関係性所以のことだと思う。

そういえば私は自分の親の話を一度もしたことがないのだが、つまり語りたくなる想い出が極端に少ないということなのだ。

私はカワイイちゃんに沢山思い出して貰える父でありたい。

 

日本とフィリピンの価値観

私の住んでいた頃の日本の社会では、子供は親に対して感謝をすべきものだという義務感に支配されていた気がする。

特に育ちが九州という地域性によるのかもしれないが、「生まれて来たことに感謝しなさい」、「育てて貰っていることに感謝しなさい」「世界には飢えている子がいる」といった具合に日常的に感謝を促されていた。

だからフィリピンに来た日本人の親は自分の子供にフィリピンの子を比較材料として見せたいと盛んに言うのだろう。

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最悪なのは「お前らが飯を食えてるのは俺のお陰だ」というセリフだ。

「日本あるある」な伝統的な父親はそんな感じで暴君的に家庭の中で君臨し、母親は常に子供に感謝を促すというシステムだったのだが、おそらくそれがまるで軍隊のような規律のある先進国日本を作ってきたポリシーなのだろう。

私は好きじゃない。

フィリピンではあまりそいう言った子供への感謝の押し売りはない。

「生んでやった」という日本的な発想に対し、フィリピンの場合「子供は親を選んで生まれてきた天使」だという考え方が根本にあるのでここが日本と正反対の感覚なのだ。

 

ただ生きるだけでも大変なフィリピンという荒野だが、一つだけ良い事は親子の関係性に対する幸福度が上がったことだ。

私が比較的歳をとって子供を一人だ授かったこともあるのだが、「父親にして貰ってありがとう」といつも思いながら生活している。

 

 

日本で普通に生活していたらきっと到達できなかった心境だと思いながら生活している。

 

父親の役割

私には息子がいないのだが、もしいれば男の流儀を教えやすいのだと想像するが、女の子の場合、異性なので扱い方に戸惑う事が多い。

たとえば6歳になった現在まで基本的にシャワーは私が担当なのだが、股間付近は自分で洗うように言ったりそれなりに気を使うのだ。

このぎこちない距離感が父と娘の関係性をうまい具合に作るのかもしれない。

父と娘の関係性の専門家によると6歳まではスキンシップや言葉がけで惜しみなく愛情を注ぎ、自分は愛される存在だという自己肯定感を与えるべき時期だそうだ。

目下生きがいがそれなので自分としてはマックスに出来ている自負がある。

そして、次は小学校を卒業するまで12歳位までに道徳的なことを生活の中で教えることだ。

うちのティムは父親が人として正しい道を教えてくれたと時々言っているのを聞くと父親の存在意義はここにあるのだと思う。

そして次の18歳までは社会のルールを教えるのだ。

ヒットエンドランの多いシングルマザー大国では父親がいない、または父親が機能していない家庭が多く、息を吐くように嘘をついたり他人の物を気軽に盗む「フィリピンあるある」が蔓延るのは父親という道徳機能の欠落が生んでいる気がしてならない。

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さいごに

父親の存在は薄い。

まずこれを前提に潔く生きて行かなければならない。

親はなくとも子は育つ。

この先の言葉が欠如していると考える。

つまり動物として育つということだ。

もちろんフィリピンにも立派なシングルマザーは沢山いると思うが、悲しいかなシングルマザーの親はシングルマザーだったという統計が出ており、子供への道徳的な躾け具合が分からないまま動物的に育ってしまう。

そしてその子も同じことを繰り返すサイクル。。。

そのことを気にするシングルマザーは父親役も兼務しないといけないのでそれは大変なことだと思う。

親子関係では表立ってアカデミー賞は貰えないが裏方としての父親の役割は大きい。

長期的な目線で、父親による愛情のある厳しさで育った娘はきっと世界を幸せにするのだと思う。

ティムのお父さんのようにカワイイちゃんのレジェンドになれたら幸いだ。

もう一つ心残りは常に日本にいる娘のことだ。

きっと母親からはお父さんは死んだとか悪者とか聞かされて育ったはずだが、いつか大人の目線で公平に状況を判断してくれる日が来るのを願っている。

 

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モトボサツ

モトボサツ

2年のセブ島ジャングル生活を経てビサヤ語を習得。その後タガログ語も同時に習得し、最後は英語という逆ばりメソッド。現在生命保険、医療保険コンサルおよびビジネス通訳を兼ねる。元セブの大学にて3年間ストリート系日本語教師の経験あり。

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